メディアをよむ

日々メディアから流れるニュース、情報について思うところを記します。

ジャーナリズム

差別発言を許さぬ企業

今日の日経(大阪版)によると、積水ハウス株式会社が、同社の在日コリアンの従業員が、顧客から差別的な言動を受けたとしておこす慰謝料請求裁判を、訴訟費用を負担するなどして支援するとのことである。

事実関係はこの報道でしかわからないので、コメントしづらいが、従業員をこういった形で支援する企業が出てきたことは素晴らしいことではないか。

解雇、過労死等々で、会社と従業員の間の訴訟はよくメディアでも取り上げられ、労使という立場上両者はとかく対立しているものと我々は受け止めがちだ。

こうしたなかで「差別は悪い」という価値観を共有し、ともにその是正を目指していこうという姿勢を見せた同社の対応は大いに評価してもいいのではないか。頑張れ積水ハウス!

A級戦犯合祀は我々の問題

昭和天皇が、A級戦犯靖国合祀に不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない」と語ったとされる元宮内庁長官のメモが、日経のスクープで明らかになって以来、論壇がにぎやかだ。

いわゆる「左」メディアは、「天皇の意思」の重みを説き、「右」メディアは、メモ自体に疑問を差し挟み、「天皇の政治利用だ」と噛みつく。仮にメモの内容が正反対だった場合(「本当は靖国に行って私の身代わりになってくれた戦犯に感謝の念を捧げたいが、政治的に難しいので止める」といったような場合)を考えてみよう。多分左右入れ替わっただけの同じ論調が繰り広げられることは想像に難くない。

いずれにしろ、昭和天皇がどう思っていようと、靖国問題は今生きている我々自身の問題であり、我々自身で解決への道を探っていかなければならない。「昭和天皇がこう言っていたから…」では、単なる思考停止だ。

話題のYouTubeを楽しむ

話題のYouTubeを時々楽しんでいる。

ブッシュ大統領からミルコ・クロコップ、日本では「お宝」系の松浦亜弥のブラチラまで、硬軟ごった煮である。

日本語で検索できるのが素晴らしい。

著作権云々で前途は厳しそうである。いまのうちにいろいろ見ておこう。

 

阪急と阪神の経営統合

阪急と阪神が経営統合に向けて動き出した。関西に住む我々としては、大いに興味がわくところだ。

「高級」「エレガント」な阪急、「庶民的」「野暮ったい」阪神。「宝塚」「東宝」「大規模な沿線開発」と進取の気性に溢れる阪急、「タイガース」「阪神百貨店の地下食品売場」以外にこれといったコンテンツはなく、ひたすら梅田−三宮間に電車を走らせてきた超保守的な阪神。

同じ地域を舞台にしながら、企業イメージ、沿線のイメージ、ひいては沿線住民のイメージまでこれほど対照的な電車も珍しいのではないか。もっとも最近は、阪神沿線もマンション開発が進み、かつての「工場街を労働者を乗せて走る電車」というカラーは大いに弱まっているが…。

統合効果としては、「梅田の一体開発」以外に見いだせないのが苦しいところ。「保線等の効率化が図れる」等株主対策上メリットを強調しているが、どれもパッとしない。

私は阪急沿線に住んでいるが、地元住民からするとこの阪神間、東西は電車が3本も走っていてすこぶる便利なのだが、南北がやたらと不便。南北を結ぶ電車は阪急今津線だけで、あとはバスかタクシー。この不便さを解消できたら、統合効果も大いにあった、と言えるのだが。

消費者調査はよくわからない

今朝(1月18日)日経流通新聞(MJ)に、消費者心理調査結果なるものが5ページわたって展開されている。大きな見出しを拾うと「『隠れ大衆』」頭出す」「先端自称・勝ち馬乗りで6割市場」だそうだ。

ネットからリード部分をコピーする。

消費者の6割を占める「隠れ大衆」を捕まえろ。日経MJが実施した「消費者心理調査」で、4つの特徴的な消費者像があぶり出された。注目は2大勢力を形成した「先端自称層」と「勝ち馬乗り層」。他人に一歩先んじていると自任する「先端自称」消費者をつかめば、勝ち馬層も労せず獲得できる。横並びを目指すかつてとは違う「新・大衆」向けマーケティングにヒットを生む勝機がある。

なんだかよくわからない。要するに「先端自称層」をつかめば、それにくっついてくる「勝ち馬乗り層」も獲得できるので、消費者の6割がゲットできるとのこと。

なるほどその通りなのであろう。しかし、この結果に対して目新しさは感じられない。小売業・サービス業の現場で働く人間なら当然感じていたものであろう。そのカテゴリーに名前を付けて括りやすくしたということだ。

この手の話を見聞きして、「よし、我が社の方向性が見えた」と膝を打つ経営者はいるのだろうか。ヒット商品も後から分析すれば、「先端自称層」にうまくアピールできたということだろう。「参考資料」あるいは「読み物」としては面白いが、実際の経営に即役立つことはないだろう。反対に「我が社はなんと陳腐な商品を扱っているのか…」と自信をなくす経営者の方が多いのではないか。

一方同じ調査で、消費者の多くが「買い物は面倒」と感じているとの結果も。消費者は難しい。

当を得た榊原氏の民主党への苦言

1月13日付けの朝日新聞「三者三論」は「前原民主党、どうする」と題して、3人の論者が民主党に対する注文をつけている。

なかでも「そうだよなぁ」と思わずうなずいたのが榊原英資氏(慶大教授、元大蔵相財務官)の苦言である。

まず民主党が掲げている「対案路線」。官僚が何年もかけて作り上げる法案に野党が対案を出すことなど「時間の無駄」とバッサリ。私も大賛成だ。「野党も対案を出せ」というのは、与党案の問題点を突かれたくない与党の作戦だ。野党は与党案の問題点を徹底的に追及し、少しでもましなものに変えること、たまには廃案に追い込むことが使命であろう。

榊原氏は、前原党首が米国で「中国は脅威」などと発言したことも、例え真実だとしても「政権交代を目指す公党の代表が公式に言ってはいけない」とやり玉に挙げている。野党の一若手議員の発言と重みが違うことを、前原氏は自覚すべきだろう。

そして最大の課題である安保政策。榊原氏は「今の安保体制を大きく変えない、ということさえ明言しておけばいい」と単純だ。あえて党内の分裂を招きかねない問題を持ち出す前原氏のセンスはおかしい。細部は政権を取ってから議論すればいい。政権への求心力で結構丸く収まるものだと思う。何より、我々有権者からすれば「自民党と一緒ですよ」ということばかり強調しているとしか、見えないのだ。

榊原氏は「年金・医療で議論を挑め」と挑発する。先の総選挙では争点にならなかったが、現時点では国民の最大かつ唯一の関心事であることには変わりない。「小泉構造改革」への評価はさておき、普通の国民が安心して暮らせないのが今の日本だ。高齢者が年金をもらいながら、さらに「将来を心配して」貯金に励んでいるのが日本の姿なのだ。この異常な状態を少しでも正すのが野党の使命なのではないか。

公共性とは馬鹿騒ぎのことなのか

お正月のテレビの馬鹿騒ぎがようやく一段落ついた。こんなアホな番組しか流せない民放を持つ我々は不幸だ。といってもほとんどテレビは観ていないが…。

アホな番組=視聴率が取れる=番組やCM枠が高く売れる、という図式である。昨年ライブドアや楽天がキー局買収に乗り出したとき、「放送は金儲けの道具ではない」「放送は免許事業であり公共性がある」云々が叫ばれたものだ。

正月番組のどこに公共性があるのか。なぜこれが免許事業者の事業なのか。要するに金儲けであり、ヒルズ族とたいした違いはないということ。

こんな放送局に免許を与えることが「公共に利益」に適うものなのか。こんな番組で視聴率が取れる日本の視聴者が悪いのか。この時期はいつも不愉快になる。

 

現世御利益、公明党

公明党が児童手当の支給期間拡大と引き替えに、防衛庁の「省」格上げ、教育基本法の改正に前向きに取り組み始めたという。なんとも情けない政党である。さすが「現世御利益」を謳う創価学会の党である。

「防衛省」問題、教育基本法問題は、政治の哲学に関わる問題である。政党にとっては存在意義を問われる問題である。それを月々わずか5,000円とか10,000円で、学会員のご機嫌を取るために売り渡したのである。今のところこの公明党の姿勢を社説で批判しているのは朝日新聞だけである。朝日は当然、この2つの問題が日本の右傾化の象徴ととらえ、味方であると思っていた公明党の「裏切り」を批判している。

わずかの児童手当を「少子化対策」と言って公約したのが公明党である。今回の話が実現すれば、また同党のポスターに「公約実現○○%」の文字が躍るのだろう。これが政権政党の果実であるらしい。お笑いである。

庁が省になろうと、教区基本法が復古調になろうと、どちらも我々の日常生活に直結する問題ではないかもしれない(実際はそんなことはないはずだが…)。御利益にはならない話だから仕方ないか。

 

冤罪でないことを祈る

広島の女子児童殺人事件で、ペルー人男性が逮捕された。

この一報を聞いて思い出すのが、いわゆる「東電OL殺人事件」だ。
この事件では、ネパール国籍のゴビンダさんが逮捕され、一貫して無罪を主張していたにもかかわらず、最高裁で無期懲役が確定している。冤罪事件として今も再審請求中だ。

今回逮捕された、ペルー人男性がどのような人物かは知らないが、冤罪でないことを祈るばかりだ。


無難な自民党新憲法草案

自民党が新憲法草案を発表した。なんだか拍子抜けの内容である。http://www.jimin.jp/jimin/shin_kenpou/shiryou/pdf/051028_a.pdf

前文で国民が「国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務」を持つとしたこと、九条を改正して「自衛軍」を明記した、新しい権利をいくつか加えたことぐらい。公明党や民主党に配慮した結果だろうが、これでは何も憲法改正などたいそうなことをたくらむ必要などないのでは。

しかし、唯一保守の思想を採り入れたと言える「国や社会を愛情と責任感と気概をもって自ら支え守る責務」ってなんか嫌だ。愛情や気概なく、国を守ることは憲法違反ってことだ。そもそも「国民の責務」などを憲法に書くこと自体、憲法の在り方としてはおかしいのだ。

Profile
湯浅伸一
10年ほど地方紙で記者をしていました。
その後創業に参画し、現在は、関西で中小企業診断士をしています。
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